「汽車に乗って」
なんだか心に染みわたる曲です。
もし あの日に 帰れるのならば
手に手をとって 逃げようか
夢の場所は 夢のままに 汽車に乗って
あ、曲に浸ってノスタルジックになってるだけで、
今の生活が嫌だとかそういうわけではありませんよ(^_^;)
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なんだか心に染みわたる曲です。
もし あの日に 帰れるのならば
手に手をとって 逃げようか
夢の場所は 夢のままに 汽車に乗って
あ、曲に浸ってノスタルジックになってるだけで、
今の生活が嫌だとかそういうわけではありませんよ(^_^;)
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気付けば前回書いてから5ヶ月近く。
年も明け、新たなる年2009年も、はや2週間が経ちました。
これまで、「今度こそは習慣化!」と意気込んでは挫折を繰り返してきたので、もはや決意を新たにするのはやめました(笑)。
ブログのネタにしようと思いながら、明日には、今週中には、と思っているうちに機を逸してしまったことは数知れず。
それらをまとめてアップ、と思う程と、なぜかPCから遠ざかる。
几帳面で完璧主義な「性格」のくせに、「性質」がだらしなく怠惰に出来ているとストレスがたまっていかんですね。
というわけで、今年のモットー。
「気負わず、不定期に、気が向いたときに。」
「よねはもうブログやめたんだな~」と思って何気なく見にきたらいつの間にか更新されている、と、そんな感じになると思いますので、たまにはいらしてくださいませ。
遅ればせながら、2009年もよろしくお願い申し上げます。
みなさんにとって、笑顔咲く、幸いに充ちた年となりますように。
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いやあ、大変ご無沙汰しておりました。2週間ぶりの更新です。
13日に職場を出て羽田に向かい、お盆帰省で沖縄に行き、週末にいったん三鷹に戻り、それからまた茨城へという大移動をしたのに加え、急に冷え込んだこともあって、ここ最近体調不良モードになってました。
またこれから「習慣化」へ向けて、つれづれに(しょうもないことを)つづっていきたいと思います。
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明日からはお盆(新暦の8月15日の地域)。
ということで、だいぶ電車もすいているはずと淡い期待を抱いたものの、いつもより気持ち少ないかなという程度。
普段でいうと、幸運にも武蔵小金井始発の電車にあたったときと、ごくごく普通の混み具合の中間といった感じです。
ただ、やはり乗降客の顔ぶれはいつもと違いましたね。
これからおでかけすると思しき親子連れ、帰省すると思われる大きな荷物の若者、朝早くからポケモンスタンプラリーに全力投球のちびっこという、この時期しか見られないお客さんが多いです。
人が減っていたとしても、スーツケースやトランク、ベビーカーの関係で混んでいるように見えるというのはあるのでしょうね。
ま、成田エクスプレスのように荷物置き場があるわけじゃないから、致し方ないですね。譲り合いの精神でまいりましょう。
さて、今日は午後半休をいただき、夕方に三鷹市民協働センターへ。
もうなんか行きつけの飲み屋かはたまた愛人宅かという頻度になっていますが、今日はまた別の会合。
再来週に開催される「外環計画の三鷹地区検討会」(ケーブルテレビのサイトの紹介記事)の当日のお手伝いをすることになっているので、その事前ミーティングに参加してきました。
この検討会、記事文中にもあるように、「無作為抽出」による市民参加という点が大きな特徴です。
この手法、三鷹においては、協働センターを会場とした「まちづくりディスカッション」で育まれ、全国的にも新たな市民参加のツールとして注目を集めています。
それが今回大いに活かされるということで、今後の三鷹のまちづくりにおいても、この手法の発展・成長にとっても、そして討議に参加される多くの方にとっても、有意深い実り多き場になって欲しいと思います。
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3日分まとめての更新。
9日(土)はネタに窮して書き損ねたもので、10日(日)の夜にありあわせの話題で2日分に分けて書いて、かたちだけ日々更新を維持しようと思ったのですが、、、。
日曜の夜は、2、3ヶ月に一度やってくるひどい頭痛(片頭痛or緊張性頭痛?)に見舞われ、PCに向かうことすらかないませんました。
頭痛のある日は、日中から「あっ、今日は来るな」という感覚があるのですが、この日もそれに見舞われました。
昼間は、頭痛になりませんようにと願いながら、メール便のお仕事をこなし、このまま乗り切れるかと思ったものの、晩ご飯を食べた後に本格化し、夜は横になってひたすら痛みに耐えてました。
テレビも楽しめず、本や新聞など読めるわけもなく、寝付くことも出来ない辛い状態のまま、絶え間ないズキズキ痛の中で3時間ほど経過。
そして、BSで23時からの「篤姫」が始まり、これで気が紛れるかも!と思いきや、吐き気が…
お手洗いからなんとか生還したら、既に桜田門外で彦根藩士と水戸浪士が切り合っている真最中。
ああ、直弼が篤姫にお茶を立てるシーンが見られなんだあああ…
今週土曜の再放送、見逃すわけには参りませぬぞ!と決意した日曜の深夜でした。
その後は、痛みも鎮まり、不快感もなくなり、吐いた疲れもあってかすやすや眠れました。
なぜか起きたらキッチンのエアコンの下で寝てましたが。。。
(6畳和室の居間兼寝室と隣のキッチンでエアコンを共有している構造)
とまあ、日曜は、日中に労働したほかは、頭痛の思い出のみという有り様です。
あ、相方が浦添商業を応援しながら、「よっしゃー!」等々絶叫していて怖かったのと、試合がものすごい打撃戦で面白かったのも覚えてます。
9日の土曜は、三鷹社会福祉協議会の講演会に行ってみようかなと思っていたものの、日が出ていた午前を避けて、雲の出てきた午後にメール便のお仕事をしたので、特に何もない一日になってしまいました。
まあ、お盆前後は沖縄に茨城にと慌しいので、たまにはのんびりした週末もありでしょう。
それから11日の月曜日。
帰りは定番、三鷹市市民協働センターへ。
最近開催が重なっておりますがみたか市民活動・NPOフォーラム関係のミティーングに参加して帰宅しました。
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今日は相方が感染性胃腸炎でダウン。
ここで、中学時代の吹奏楽部仲間に助けられました。
結婚祝いにみんなで贈ってくれた炊飯器が大活躍!
鍋やガスコンロの周りをベトベトにすることなく、
いつものようにお米を研いでセットするだけでおいしいお粥の出来上がり。
炊飯器も本当に便利になったものです。
帰宅すると、今日は一日休んだ相方、
医者に処方された薬を飲んでだいぶよくなったたようで、
二人でのんびり五輪の開会式をテレビ鑑賞。
成長期の国家がその威信をかけてヒト・モノ・カネを投入し、
その上でアーティストに自由な裁量を与えると、
これだけのものができるのかと改めて感動。
中国情勢への懸念なんてしばし忘却。
そうして、夜中一人机に向かっていると、
窓のすぐ外に蝉が止まっているようで、
都会ではなかなか聞けない音響での蝉の声。
なんだか、古い古い記憶が呼び起こされてきました。
朝のラジオ体操
シャチハタのはんこ
子ども会のおみこし
石や砂を運ぶおおきなダンプ
いろんな虫の声
石を切るカッターの響き
秒針の刻む音
山あいに響く職人さんの槌音
石を切り出す発破の音
その後の地鳴り
揺れる家
震える窓ガラス
濃い緑の山々
採石場の切り立った斜面
こどもカラー百科
チャイクロ
おばあちゃん
懐かしいですねえ。
20年数年前のこの時期には、
毎年繰り返される、
そんな日常がありました。
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今日は何事もなく過ぎていきました。
とりあえず、ブログを再開してから欠かさず日記を書くようになり、習慣化はある程度成功したと思われます。恋愛と同じく、3ヶ月や1年といった危険な節目に気をつけつつ、コツコツ続けていきたいですね。
しかし!日記だけでは意味がない。私なんぞの日常を世界に発信しても価値はないわけで、現状の日記ブログにレビューやコラムといった内容も加えていき、読み物としての価値を高めるための努力を重ね、友人知人以外にも多少なりとも読んでもらえるブログに育てていかねばと思っています。
今後とも末永くよろしくお願いいたします。
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8月6日、広島平和記念日、広島原爆忌ですね。
この時期になると、「若い世代は6日や9日、15日が何の日なのか答えられない」、「アメリカと戦争をしていたことさえ知らない」といったことを嘆くコラムや社説、「一面の下の細長いやつ」をよく見かけますよね。
まったくけしからん!!と同調したいところなのですが、類は友を呼ぶせいか、歴史好きの私は今までに一度もそういった人にあったことがなく、まったく実感できないでいます。
今年のみたか市民活動・NPOフォーラムには、中高生も参加してくれるみたいだから、機会があったら聞いてみようかしら。
そういった時節柄か、日本経済新聞夕刊の「人間発見」欄、今週は半藤一利さんですね。
この欄、一週間連載のコンパクトな「私の履歴書」といった趣でとても読みやすいです。今週に限らずおススメです。
というか、日経の夕刊って朝刊の裏返しというか、社会経済の動きをがっぷり四つに組んでを報道している朝刊に対して、その社会経済というシステムを支えている人や文化についてのエッセンスがぎゅっと詰まっていて、他紙の夕刊に比べて非常に秀逸にできていると思います。
一部50円ですから、新聞とってない人も、キオスクやコンビニで買ってみてください。
と、日記のはずが、わけのわからない話題の飛び方をしてしまいました。
今日の朝は、広島原爆忌ということで、市の防災無線が黙祷を呼びかけていたのですが、4日の荒天でスピーカーがおかしくなったのか、「ワレワレハウチュウジンダ」的な音声になっていて、内容がみんなに伝わったのか心配になりながら駅に向かいました。
帰りは、今年何十回目かの三鷹市市民協働センター経由。
今日は、参加している市民活動団体「ファーストステップみたか」のミーティングで、この春に三鷹ネットワーク大学との共催で開講したこ講座「自治体の計画策定と市民参加~みんなで語ろう三鷹の未来~」の総括と、今後の展開を話し合いました。
帰宅後は、部屋の片付け(たまりにたまった諸々のTASKに取り組もうとしての現実逃避)で前日大いに夜更かししたせいか、いつの間にか寝てました。
こうして問題は先送りされていくわけでありました。
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いや~、今日の昼間はすごかったですね、雷。
あちこちのビルの避雷針にどっかんどっかん落ちていた気がします。
都市型水害の恐ろしさを改めて示す、痛ましい事件もありました。
そういった天候もあり、帰路の中央線は大きく混乱。
始発の東京駅から乗ったため、3本待ちで座ることは出来たものの、すし詰めの熱気で、JRの強力な冷房もかなり威力を減退させられていました。
さらに、時間調整の連続で、珍しく相方に先んじて帰って洗い物と炊飯をしておくつもりが、何のタスクも達成できませんでした。ごめんなさい。
昨日と同じく、通常の番組編成なら、毎週楽しみにしている「爆笑問題のニッポンの教養」の放送日なのですが、しゃべらナイトと同じく特番でお休み。
で、その特番が、、、
「プロフェッショナル仕事の流儀スペシャル▽宮崎駿のすべて~“ポニョ”密着300日」
だったものですから、はじめは我慢していろいろ片付け物をしなければと思っていたものの、ふと画面を見たが最後、結局最後までテレビにかじりついていました。
観ていて一番心に残ったのは、デスクに向かう宮崎監督の顔つき、目つきでした。
表現者としての物事の捉え方のもととなった子ども時代や、お母さまとのエピソードにももちろん心を打たれましたが、そういった波乱万丈伝的なエピソードだけであれば、後で本やネットで読めばいいやと思っていたかもしれません。
そういった経験、体験自体は、深みや奥行きを形づくる重要な要素であるにせよ、そのことが宮崎駿を稀代のアニメ監督足らしめる決定的なものであるとは思えないのです。
子ども時代の環境や、家族との関わりから生じる様々な鬱屈、欠落感は、決して一部の人だけの特別なものではありません。また逆に、あらゆる面で満たされ、不足のない子ども時代を過ごしたという人であっても、そこにはまた異なる苦悩があるものだと思います。
私は、この番組の優れていた点は、密着取材として、ひたすらデスクに向かって苦悩する監督の姿をそのまま流すことに、多くの時間を割いていたことだと思います。
監督の表情、眼光、そして手から、ブラウン管(うちはまだ厚型テレビなの)を越えて伝わってくる作品づくりの姿勢。その、プロデューサーでもなく、製作スタッフを統べるマネージャーとしてでもなく、どこまでもどこまでも職人としての気迫を前にして、私は身動きが取れなくなったのです。
今回はまさに「プロフェッショナル 仕事の流儀」のスペシャルに相応しい内容でした。
あー、「崖の上のポニョ」もう一回観たい!
(追記)
宮崎監督の咥えタバコのスタイルが、「スカイ・クロラ」の登場人物の咥えタバコの仕方にそっくりだということに気付きました。
押井監督、意図してのことかな?それとも、一般的なスタイルなのでしょうか。
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今日も今日とて帰路は三鷹市市民協働センターへ。みたか市民活動・NPOフォーラムのミーティングを経て帰宅。
そして、毎週欠かさず観ているテレビ番組のひとつである「英語でしゃべらナイト」が、夏休み特番の関係で8月下旬までお休みなので、残念に思いながら新聞ラテ欄のNHK同時刻に目をやると、、、
こりゃ観なきゃあきまへんがな!
というわけでしばし没頭・・・。
新作「スカイ・クロラ」。これまでの私好みの作品とはキャラクターの造形などの作風がだいぶ異なるので、これまでは「観ようかな~」程度だったのですが、「絶対観たい!」に変わりました。
完全にメディアの術中にはまったといえばはまったわけですが(笑)、でも、私がそう感じたのは、本編の紹介映像がかっこよかったとか、加瀬亮とか谷原章介の声優としての演技が意外とよかったということでよりも、番組中で紹介された押井監督の製作意図に惹かれるものがあったからという理由が大きな気がします。
映画の公式サイトにも掲載されていたので、以下に引用しますね。
「僕は今、若い人たちに伝えたいことがある。」監督 押井 守
私は、56歳になりました。
映画監督としては、若くも、年寄りでもない。まだまだ、やりたいことは山ほどありますが、世間一般には壮年と言われる歳を生きていることを自覚するようになりました。 いつの間にか、周りが若いスタッフばかりになり、 大人になったひとり娘と向き合うようになったことが、その理由かもしれません。今、映画監督として何を作るべきか。私は、今を生きる若い人たちに向けて、何かを言ってあげたいという思いを、強く抱くようになりました。
この国には今、飢餓も、革命も、戦争もありません。衣食住に困らず、多くの人が天寿を全うするまで生きてゆける社会を、我々は手に入れました。しかし、裏を返せば、それはとても辛いことなのではないか──と思うのです。永遠にも似た生を生きなければならないという状況。その中で次々に引き起こされる痛ましい事件。親が子を殺し、子が親を殺す時代。何の理由もなく、若者が自らの命を絶つ時代。物質的には豊かだけれど、今、この国に生きる人々の心の中には、荒涼とした精神的焦土が広がっているように思えてなりません。
そんな時代を生きる若者たちに、何を言ってあげたら良いだろう?ニートやフリーター、渋谷のセンター街で座り込む少女たち。親を殺した少年。彼らを大人の目線で見下し、まるで病名のような名前を与えても、何の本質にも至りません。今こそ、彼らの心の奥底から聞こえる声に耳を澄まし、何かを言ってあげるべきだと思うのです。
『スカイ・クロラ The Sky Crawlers』の主人公は、生まれながらにして永遠の生を生きることを宿命づけられた子供たちです。大人になれないのではなく、大人になることを選ばなかった子供たち。彼らは、永遠に思春期の姿のまま、戦闘機のパイロットとして、常に死を意識し、全力で戦うことを選びます。そして映画は、主人公のモノローグとともにクライマックスを迎えます。
それでも……昨日と今日は違う
今日と明日も きっと違うだろう
いつも通る道でも 違うところを踏んで歩くことが出来る
いつも通る道だからって 景色は同じじゃないたとえ、永遠に続く生を生きることになっても、昨日と今日は違う。木々のざわめきや、風のにおい、隣にいる誰かのぬくもり。ささやかだけれど、確かに感じることのできるものを信じて生きてゆく──。そうやって見れば、僕らが生きているこの世界は、そう捨てたものじゃない。僕はこの映画を通して、今を生きる若者たちに、声高に叫ぶ空虚な正義や、紋切り型の励ましではなく、 静かだけれど確かな、真実の希望を伝えたいのです。
この言葉を聞いて、思い出したのが、村上龍の『希望の国のエクソダス』の中の有名な台詞
「この国には何でもある、ただ、『希望』だけがない。」
出版から8年を経て、もはや現実の形容としてすっかり実世界に碇を下ろしてしまったこの言葉に対して、これまで廃墟的なものや日常を好んで描いてきた(参考:宮台首都大教授のインタビュー記事)押井監督がどのような解を示すのか。
彼の作品に惹かれ、ただただ無邪気にのめり込んできた者として、しっかり劇場で体感してこねばなるまい、と、そんなふうに考えた次第です。
(追記)
『スカイ・クロラ』の公式サイトにアクセスすると、長い予告編が流れるわけですが、その後、メインコンテンツに入ってから延々と流れるBGM、これは私がもっとも苦手とする部類の曲です。
嫌いということではなく、むしろ大いに心奪われるのだけど、聞くと未来の希望よりも過去への思いがとめどなく溢れ出てしまう、とても危険なメロディです。
何故でしょうね、不思議だな。
【押井作品/自己ベスト3(ベタ過ぎますが・・・)】
【おまけ】
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